映像文化論1提出2013/04/16 12:42

映像文化論1資料
 課題1は「写真」とは何かを、自分の体験をもとに述べなさい。というもの。僕が一番接している写真は、デザインにおける写真、つまりコマーシャルフォトだ。もちろん銀塩の時代から個人的な趣味として写真はとっているが、クリエィターとして接しているコマーシャルフォトの方が関わりは濃密で付き合いも長い。それをベースにレポートをまとめた。

 タイルは、「写真は饒舌に嘘をつくメディアである」とした。真実を映す鏡と言われるほど、写真は真実を反映しないし写真家の作為によって、様々なアウトプットが可能だからだ。

以下レポート概要。
 「私の関わってきたコマーシャルフォトは、写真が有する記録性や芸術性とは一線を画す。見るものに対して心地よい嘘を演出するのがコマーシャルフォトだ。レンズワークやカメラ操作で、事実歪曲とはいわないが、意図して受け手を錯覚させることができる。またデザイン処理で、本来の画像と異なる意味を持たせることも可能だ。
 フォトジャーナリズムでもっとも有名な、ロバート・キャパの「崩れ落ちる兵士」。その真贋は謎のままだったが、作家の沢木耕太郎は、撃たれた写真ではないと結論づけている。これは、撮影の意図にかかわらず、写真がメディアによって一人歩きした例だが、送り手の扱いひとつで、異なったメッセージになる危険性は否定できない。
 デジタル合成が日常的なコマーシャルフォトの場合、表現の幅が広がったと見るべきだが、一般的な写真の場合、デジタル化で、写真の証言性、信憑性が問われるのはさけ難い問題であり、偽りの真実を簡単に作り出すことを可能にした。
 以上、写真が嘘をつくメディアであることはさけ難い。しかし、社会の実相を映す鏡でもある。写真の送り手は影響を理解することが必要だし、見る側は写真を洞察する力を養わなければならない。」
と結んだ。

写真は、美術出版社の「世界写真史」とたまたま読んでいて引用した沢木耕太郎の「キャパの十字架」。