建築史、4単位get!2016/09/13 16:44

 先週受けた「建築史」科目試験の結果が出た。なんと、予想外の90点!自分でも驚きの結果、しかも「秀」で4単位getです。

建築史成績

 1問目の中世は「アミアン大聖堂」=ゴシック大聖堂としての基本「尖頭アーチ、交差リブ・ヴォールト、フライング・バットレス」を答えれらたのがポイントかな。課題2のレポートで書いた内容だったから、しっかり記憶に定着していた。「アミアン大聖堂」固有の特徴はなのも書かなかったから。2問目の「ブルネッレスキのスペダーレ・ディ・サンタ・マリーア・デッリ・イノチェンティ」は捨子修道院だったことが大ラッキー!これについても課題3のレポートで書いたから、概ね答えられたし、ルネサンス様式の基本として「フィレンツェ大聖堂」「人文主義」「神の建物から民の建物へ」というところも押さえたから、高得点につながったのかな。

 まあ、ヤマが当たったというのが正しいが、これで単位総計は111単位。文化科目の4単位は必須だが、卒業まであと13単位です。

建築史、科目試験2016/09/05 07:16

建築史と工芸論のダブル科目試験である。10時2分の新幹線、大宮経由で新宿校へ向かう。移動中も想定問題を読んで頭にいれる。油断するとすぐ忘れてしまうので困ったものだ。試験会場は、去年まではお茶の水女子大だったけど今年は新宿校。お茶の水女子大のひな壇の会場でいかにも試験な感じがあったけど、新宿校は平机を並べただけ、ちょっと寂しい。

建築史科目試験01

建築史、科目試験02

 さて、建築史の出題である。古代、中世、近世、近代の時代区分のうち、2つ選び、様式の特徴とその建築物、もしくは同時代の建築物の特徴についての論述」でのは想定通り。さらにその意義も書きなさいとあった。
 問題はその中身だ。古代は「◯◯◯◯のバジリカ式教会堂」、中世は「アミアン大聖堂」、近世は「ブルネッレスキのスペダーレ・ディ・サンタ・マリーア・デッリ・イノチェンティ」、近代は「クリスタル・パレス」。
 
 古代は初期キリスト教建築だが、名前忘れましたというか、はなから頭にない。クリスタルパレスは、ガラスと鉄の建物ぐらいで細かい知識はない。ということで、これら以外の二つを選択した。
 中世は「アミアン大聖堂」。建物の細部は頭に入れていなかったので「ランス、シャルトルとならぶ、フランス・ゴシック大聖堂の代表的な建物。ゴシックの特徴をすべて兼ね備えている」として、後は「ゴシックの尖頭アーチ、交差リブ・ヴォールト、フライング・バットレス」を説明。その意義は「見る聖書として、聖書をステンドグラスによってビジュアル化、字の読めない多くの民の精神的支柱となった」とした。
 近世は「ブルネッレスキのスペダーレ・ディ・サンタ・マリーア・デッリ・イノチェンティ」。これ、後で調べたら捨子養育院のことだった。試験の時は、全くどんな建物か想像つかなかったから、「ブルネッレスキの手になるフィレンツェ大聖堂のドームの着工された1420年がルネサンス建築の始まりで、17世紀初頭まで続いた。しかしドーム以外は、ゴシック建築であり、真のルネサンス建築とはいえない」として、「初めてのルネサンス建築は、ブルネッレスキの捨子養育院で、下がアーケード、上が平らな壁面で構成されている。アーチ、エンタブラチュア、四角い窓のついたペディメントなど、古代ローマの建築要素を組み合わせて、それまでにない建築表現をした」とした。意義は「ルネサンスを含めた古典主義建築は、その後のヨーロッパ近代建築に影響を与えた」と書いたけどちょっと違うかな?

 細部はともかくポイントは押さえられたと思う。点数配分は各50点として、1問目25点、2問目35点として、60点はなんとかいくでしょう。

建築史、試験の傾向と対策2016/08/31 14:39

 過去問データを分析すると、基本的には「4つ(古代・中世・近世・近代)の時代区分のうち、2つ選び、様式の特徴と下記の建築物、もしくは同時代の建築物の特徴についての論述」である。つまり最少で、2つの時代の様式説明と同時代の建物の説明ができればいいということだが、出題のキーワードが「コロッセウム」などの建造物の場合、どの時代に属するかを把握して、その様式を頭に入れておかなければならない。

 脳のメモリ容量が少ないので、各時代区分で二つの様式をピックアップして、その代表的な建物の名称を簡単に押さえることにした。例えばローマ建築なら、その概要と、「コロッセウム」の名称、外壁が複数のオーダーで装飾されているという特徴をまで覚えられればベスト。ただし、建物の特徴を覚えるのは大変だし、教科書でも名称程度で個々の特徴まで言及しているものは少ない。あくまでも建築様式をしっかり頭に入れることがメイン。ということで、課題1〜4まででレポートを書いたものをベースに、写真入りの模範解答を作った。

建築史試験

    ◯古代=ギリシャ建築(パルテノン神殿)
        ローマ建築(パンテオン)
    ◯中世=ロマネスク(マドレーヌ聖堂)
        ゴシック(ランス大聖堂)
    ◯近世=ルネサンス(フィレンツェ大聖堂)
        バロック(サン・ピエトロ大聖堂)
    ◯近代=新古典主義(大英博物館)
        ゴシック・リバイバル(イギリス国会議事堂)

 こんな感じだが、これ以外のエジプトや、ビザンチン、ロココ、古典主義がでたらアウトだが、4つのうちの2択だから、なんとかいけるだろうと(全然根拠がないんだけど…)思っている。

レポートにまとめた「ゴシック」と「ルネサンス」あたりがでたら嬉しい。とりあえず答えられれば60点以上は行くでしょう。卒業にリーチをかけるためにも、まず科目試験に合格することを目標とした。

建築史、課題4の結果2016/07/31 13:53

 建築史の最終課題の結果が出ました。評価は「A」、粘ってまとめたかいがありました。問題は科目試験、これに受からなければ、評価がAでも意味をなさない。科目試験まであと1ヶ月…

以下講評。A立先生。
 
 「ゴシック・リヴァイヴァルは、映画「ハリーポッター」の舞台となった駅舎をはじめ、日本でも意外に馴染み深い現象です。ヨーロッパに行かなくとも、明治時代の洋風建築や、アジアの植民地建築などにゴシック・リヴァイヴァルの作例があるので、チャンスがあれば訪れてみてください。

 ゴシック建築は、産業革命や古典主義系建築に対するアンチテーゼとして求められました。この一面がよくまとまっています。さらに、ヴィオレ=ル=デュクがゴシック建築の構造に合理性を見出したことも、きっちり抑えられています。

 ゴシック・リヴァイヴァルの理念面でのリーダーはご指摘どおりピュージンです。この本はgoogle booksでpdf化されものを読むことができます。英文は難しいですが、挿絵だけでも眺めてみると面白いです。この人物の考えにジョン・ラスキンが影響され、さらにウィリアム・モリスへとつながっていく潮流も確認しておきましょう。

 自分独自の意見はみつかりましたか?「事実」に基づいて「意見」を示すのがレポートです。今回は上手くまとまっていますが、既存の意見に同意するという段階です。既存文献と同じ意見でも、違う実例に当てはめてそれが有効であると指摘できるとよいですね。可能であれば自分独自の意見を論拠を挙げながら主張してみましょう。

 試験では、建築の様式や部分名称などを明確に覚えておく必要があります。しっかりと復習して、科目試験に臨んでください。復習の際は、単に文字だけではなく、建築の画像を追いながら読むと頭に入ります。図版がたくさんある大型の文献、あるいはインターネットの画像や、指導書に書いた画像サイトを活用し、形態と言葉を結びつけて勉強するのが良いでしょう。」

 以上、厳しい指摘ありつつ、一定の評価をいただけた講評でした。試験は、工芸論とともに9月4日の予定。これをクリアすれば、文化科目は48単位、最低ラインの50単位まであと2単位です。

建築史の最終課題提出!2016/07/21 08:03

 建築史の課題4を提出した。課題は、教科書の「新古典主義と19世紀の建築」を読み、独自に「問い」を設定して、問いに回答するようにレポートを作成しなさい。というもの。この章は新古典主義、ピクチャレスク、ポリクロミー、ゴシック・リヴァイヴァル、ロマンティシズム、建築様式の相対化などがあるが、第2課題でゴシック建築の革新とはなにか?」というレポートを書いたこともあって、ゴシック・リヴァイヴァルを取り上げることにした。タイトルは「ゴシック建築はなぜ復活したのか(ゴシック建築再評価のさまざまな要因)」。ゴシックは奥が深くて面白いです。

 以下、レポート抜粋。
 中世ゴシック建築は、18世紀末から19世紀前半のロマン主義の潮流の中で再び評価され、「ゴシック・リヴァイヴァル」として復興を果たす。なぜ400年もの時を超えて19世紀に復活したのかを考察する。

 産業革命は、技術の進歩をもたらすと同時に、人間疎外を生む社会を作り出した。これに対する反動が「ロマン主義」であり、多様性や自然を尊重した。建築においては、古典主義は、個性を抑圧するものであるとして否定された。それに対して、ゴシック建築は、古典主義では表現できない非対称性や不規則性を受容し、自由な形態を可能にして、時代精神に受け入れられた。その一つの現れが「ピクチュアレスク」で、その美意識にかなう建物がゴシック建築だった。作例として、ストロベリー・ヒルがある。

 ゴシック建築の流行には宗教的な理由もあった。異教の神殿建築を起源とする古典様式に対し、ゴシック建築は純粋にキリスト教の建築様式だと考えられたのである。キリスト教信仰の厚かった中世こそが現代が従うべき規範であり、ゴシック様式がキリスト教信仰を具現化する建築であるとした。

 ナショナリズムの動きとも連動した。ゴシック建築こそが自分たちのアイデンティティを表現する建築であるととらえ、イギリスでは19世紀の国民的・国家的建築様式となった。ロンドンの国会議事堂がその代表例であるが、同時に、フランスではゴシック建築を自国で生まれたと主張し、ドイツもまたゴシック建築をゲルマン民族の造形とした。同時に、ゴシック建築が科学的・考古学的に研究され始めた。

 以上、19世紀におけるゴシック建築復活の要因を考察してきたが、ゴシック様式は、単なる古典主義建築の否定ではなく、さまざまな要因が絡み合って復活したといえるが、いっぽうで、機械と工業が動かす新しい時代が作り出したとものといえるのである。

建築史4資料

 足掛け2年の長丁場だったが、やっと最終課題を提出した。未消化で提出した課題3の轍を踏まないように、ぎりぎり最後まで、さまざまな資料に目を通した。もっとも、この後の科目試験に合格しなければ4単位はもらえないが、チャンスは9月、10月、11月、1月と4回あるのでなんとかなるでしょう。何よりも西洋美術史と合わせてこの建築史(内容は西洋建築史)を勉強したおかげで、海外旅行がいっそう楽しくなりそうだ。